登壇者
ロザリーナ・アレキサンダー・マッケイ[タイ](レインボールーム・ファウンデーション代表)
ミスーダ・フーアンスッコン[ラオス](インディペンデントキュレーター、ソーシャルワーカー)
ヴァレリー・ジャケス[マレーシア](マネージングディレクター、臨床心理士)

 

モデレーター:

今回のセッションのテーマは、『ソーシャルアクションとしての文化実践』です。活動の根底にある理念や哲学、そしてその上でどのような社会的ミッションを持って活動されているか教えていただきたいです。

ロザリーナ・アレキサンダー・マッケイ(以下 ロザリーナ):

タイは、ラオスとよく似ています。私たちの社会には、特別なニーズを持つ人々は多くのことをする能力がない、という迷信があります。そして、私たちの哲学は、多くのことを行う能力やキャパシテイに光を当てようとするものです。

私たちの主な哲学、あるいは活動のベースにある哲学は、まずその人ができることを推定するところから出発して、その人が可能性を最大限に発揮するためにどうすればいいかを考える、ということです。

私たちのゴールは、特別なニーズを持つ人々には能力があり、特に芸術の分野では多くの可能性があることを社会に示すこと、そして特に親が自分の子どもの可能性を見抜き、その可能性を最大限に伸ばす手助けをすることです。

ミスーダ・フーアンスッコン(以下 ミスーダ):

私の組織も、ロザリーナさんの組織とよく似ています。ただ、1点付け加えるとすれば、個人の能力に焦点を当てるということです。能力というのは、その時々で変化します。若い頃から大人になるまで、職業についての見通しや希望、芸術的な発達は時々刻々と変化していきます。私たちの哲学は、個人のニーズに基づいています。例えば、若い頃は絵を描くのが得意でも、人生の後半になると、もっと自分に合った別の分野に移りたいということもあるでしょうし、それは本当にその時その時、個人によって異なります。また、親御さんや障害のないアーティストと一緒に仕事をした経験も活かしています。なぜなら、アーティスト自身が、自分のアイデンティティやスタイルを見つけようとすることもあるからです。それは、誰もが直面する課題の1つです。だからこそ、私たちはこの問題を解決し、彼、彼女らが可能性を最大限に発揮できるよう手助けをしたいと思います。

ヴァレリー・ジャケス(以下 ヴァレリー):

私の人生、仕事における哲学は、「弱さの中の強さ」という言葉を中心に据えています。

私たちは、世間から「弱い」「障害がある」「人生に囚われている」というような目で見られている人に出会うことが非常に多い。しかし、その人たちは実は潜在能力を持っていて、隠れている才能を持っている。私たちがその扉を開けない限り、その人の持つ美しさを知ることはできません。

私の仕事と人生における使命は、世間で弱いと言われている人、できないと言われている人が、その人の内なる光を輝かせることができるような見方をすることにより、生きることができる強さを見つけることです。

最後に、このレッドハート(※1)というプロジェクトでも、資金がない、誰もお金を稼いでいないにもかかわらず、成長し、学ぶことができるのは、あらゆるレベルの人々の自発的な行動のおかげです。そして、たとえお金がなくても、私たちは世界でそれを行うことができるのです。

モデレーター:

それでは最初にロザリーナさんにご質問させていただきます。

今回の6回にわたる展覧会はどれもとても刺激的なテーマや内容だと感じました。このシリーズをきっかけに今後タイで具体的にどんな形で活動を展開していくのでしょうか。また、どのようなビジョンを持っているのでしょうか。

ロザリーナ:

まず、展覧会「Language of the Soul」は、アートに関する最初のプロジェクトではないことをお伝えしておきます。レインボールームは2010年にスタートし、2年目の2012年から「Art of Making a Rainbow Project」をスタートさせました。アートは世界共通語であり、私たちは2つの方法で活動することができると信じているからです。

1つは、アーティストが、特別なニーズを持つ人々と一緒に活動し、彼らの経験を内面化し、それをアートとして表現することで、コミュニティや社会が特別なニーズを持つ人々をより理解できるようにすることです。

もう1つは、アーティストが特別なニーズを持つ子どもたちと一緒に活動し、その共同作業の中で、作品やショーなど、表現したいジャンルのアートを考え出すことです。そのような共同作業の過程を通して社会に新しい理解が生まれるのです。

また、「Language of the Soul」の話に戻りますが、街の美術研究所やアートスペースの信頼を得たのは、今回が初めてです。

この2年間を通して、私たちは、より多くの人々が、わが国の特別なニーズを持つアーティストの能力を体験するのを目の当たりにしました。

私たちにとって最も重要なことは、コラボレーションです。政府と民間、そして私たちNGOの間のコラボレーション、また、特別なニーズを持つ人々とともに活動するアジアの団体、アーティストと特別なニーズを持つアーティストのコラボレーションもあります。これは、国際的なレベルの大きなコラボレーションの足がかりとなるものです。

ラオスのミスーダさんや、マレーシアのヴァレリーさんともコラボレーションしたいですね。インドネシアのスジュッドさんとは、前回のフォーラムで知り合いました。このような方々をお招きして、将来の展覧会でコラボレーションを行いたいと考えています。そうすることで、まずはタイで特別な支援を必要とする子どもたちの親御さん、そしてさらに地域や社会への理解を広げていくことができます。

また、こうした活動やプロジェクトを通じて、将来的には、特別なニーズを持つアーティストが職業として政府の支援を受けられるようになることを望んでいます。その活動を通して、アーティストが認められ、実際に職業として維持できるようになる。それが私の答えです。

モデレーター:

今回のフォーラムはオンラインですが、今後の国際的なコラボレーションのきっかけになれば嬉しいです。

それでは続いてミスーダさんにご質問させていただきます。

プレゼンテーションの中でラオスの地域にはアートやパフォーマンス文化が根付いているとおっしゃっていました。ラオスで障害がある人の文化芸術活動を展開する背景にどんなラオスの地域特有の文化があるのでしょうか。その上でラオスアートバンク(※2)をどのように機能させていきたいのか、お聞かせください。

ミスーダ:

まず、障害者の芸術分野での発展の背景にある芸術文化について少しお話しさせていただきます。

ラオスでアートというと、一般的にはパフォーマンスを思い浮かべる人が多いでしょう。というのも、ラオスには約50の少数民族がいて、それぞれに美しい文化や芸術の実践があります。

プレゼンテーションでも触れましたが、ラオスで最も活発な都市は4つの大都市であり、そして障害のある人たちの多くもその地域コミュニティに住んでいるのです。その地域に住む障害者の方々は、その地域の芸術文化を受け継いでいます。

また、最近では、障害者の権利を追求するために、開発を支援する多くのアドボカシープラットフォームがあります。政府は、あらゆる分野、社会経済の発展に障害者を巻き込もうとしています。まとめると、ラオスの障害者の芸術文化の発展には、地域コミュニティが重要な役割を果たす必要があると言えるでしょう。

さて、私のラオスアートバンクのプロジェクトについてお話ししたいと思います。

最初にビジネス界で活躍する友人に相談したとき、「自殺行為だ」と言われました。しかし、自殺行為だとしても、芸術的な行為になるのではないかと思ったんです。ラオスアートバンクを立ち上げたのは、アートが好きな人にとって、経済的な支援不足が自分の道を選べない大きな障壁になっているからです。私は、多くの障害のある人々が、生きるために何かをすることはあっても、好きなことができないでいることを知っています。私は、この活動を地域社会で始め、国際協力へと広げていくために、大きな変化ではなく、小さな変化を目指していますが、その小さな変化が大きな成果につながることを願っています。ラオスアートバンクは、障害のある方だけでなく、一般の方にも資金を提供しています。

そして、もう1つの希望は、ラオスのコミュニティの中で、芸術に対する評価を高めていきたいということです。ラオスの人々はまだアートは必要ないと思っているようですが、私の団体ではアートはみんなのものであり、アートは私たちの周りにあるものと考えているのです。

モデレーター:

ラオスには50の少数民族があって、アートといえばパフォーマンスを指すというのは初めて知ったので驚きました。ラオスアートバンクのような機能を持った取り組みが各国で広がっていくと良いですね。

では最後に、ヴァレリーさんにご質問をさせていただきたいと思います。

ヴァレリーさんは虐待などの被害に遭った女性の経済的、心理的なサポートをする中でアート活動にも積極的に取り組まれていると伺いました。

女性が心理的な回復や社会的な自立を目指す上で、文化芸術活動をはじめとしたクリエイティブであるための活動はどのような意味を持つと考えていらっしゃいますでしょうか。

ヴァレリー:

とても重要な質問です。まず、DV被害者のための金融リテラシーに関するこのプロジェクトに関連して、アートはまだフォーカスされていないと思いますが、クリエイティビティはその分野の1つです。女性たちのニーズを探り、彼女たちがどのように環境に対処しているかを理解しようとする中で、仕事や食べ物を見つける方法、あるいは日常生活における育児の苦労に対処する方法を見つけることは、とてもクリエイティブなものであることがわかってきました。

しかし、多くの女性がフルタイムの仕事に就くことができないのは、子育てへのサポートがない、あるいは結婚生活を送っている場合、自分の能力を高めるために外に出ることを夫が許可してくれないからです。彼女らの多くは、手に入る素材を活用したピアスやネックレスの制作を、副業としての小さなビジネスとして立ち上げています。このプロジェクトでは、彼女たちの能力を見極めながら、その創造性を生かし、在宅で働ける人のスキルやサービスを利用する企業や起業家とマッチングし、発展させることを試みています。そうすることで、女性たちは何かを生み出すための材料を探す必要がなくなり、創造するための材料を手に入れ、自分たちのために開発し、収入を得ることができるようになります。

金融リテラシーの分野では、予算の立て方や管理の仕方、貯蓄の仕方といった、数字や技術的なことを考えるとき、創造性はあまり必要ではありません。しかし、ボランティアと女性たちの関係は、時間をかけて発展させる必要があるものです。いつか、彼女たちが直接会えるスペースができたら、関係性を作るための活動の1つとしてアートが使われるようになるでしょう。彼女たちが受けているカウンセリングの分野でも、アートは、言葉にするのが難しい辛い経験を表現するための方法の1つになります。

創造性というのは、いろいろなレベルで、いろいろな方法で起こりうるものですが、特にこのプロジェクトでは、創造性は「勇気」と結びついていると思います。人がクリエイティブな方法で自分を表現しようとするとき、その一面を他の人に見せるのはとても勇気がいることです。だから、この2つの概念を一緒にしたのです。ビジュアルアートやパフォーマンス、音楽などの表現は、社会的な階級や人との距離感を取り除いてくれるものなのです。

虐待の背景を持つ女性たちは、力関係に非常に囚われています。また、金融機関に勤めている人は、仕事や地位、お金などのパワーがあるのに対し、経済的に困難な状況にある女性たちは、あまり読み書きができません。クリエイティブな活動はその力関係のバランスを取るのに役立ちます。

私は、力関係を変化させる交流や、経済的なエンパワーメントに関連したスキルなど、様々なレベルで創造性を発揮できると考えています。このプロジェクトの可能性は、実はとても大きいのです。

しかし、多くの課題もあります。特に、このプロジェクトに参加する女性の採用には苦労しました。というのも、女性たちはお金を稼げる何かを探していることが多いので、支援している女性が、お金を得ることができないとわかった場合に抗議を受けることもありました。しかし、このプロジェクトは、彼女たちにお金を与えるものではありません。このプロジェクトは、お金を与えるものではなく、技術を与え、別の方法で力を与えるものなのです。短期的な利益ではなく、長期的な利益をもたらすものなのです。

また、女性支援のNGOがこのプロジェクトに取り組んでくれない、という課題にも直面し、驚きました。このプロジェクトに取り組むことで誰もが幸せになれると思っていましたが、あとでわかったのは、資金があり、NGOにとって収入や成果が得られるようなモデルがある場合に限って、人々が積極的に仕事をすることでした。しかし、このプロジェクトにはお金がありません。他のプロジェクトをこなすのに忙しいNGOには、このような仕事に集中するモチベーションはあまりなかったのです。

また、このプロジェクトは、将来的には、女性たちがボランティアと会い、一緒に過ごす時間を持つための対面活動を支援できるような資金を得る必要があると考えています。主にパンデミックやロックダウンの時期に行われたので、まだバーチャルなプラットフォームや電話を使って活動することが多いのです。そういう意味では、まだ限界はあります。でも、そのためにあまりお金をかける必要はないのです。

モデレーター:

ヴァレリーさん、ありがとうございました。

これまで金融リテラシーの教育とアートをつなげて考えたことはありませんでした。ですが、クリエイティビティはさまざまなレベルを持っていること、そして自分の人生を自分らしく生きていくこととクリエイティブであることはつながっているのだと改めて感じました。

皆さん、刺激的なディスカッションをどうもありがとうございました。

お三方とも国もフィールドもご活動も異なっていますが、根底にある理念や哲学はつながっているのだなと感じました。

大変名残惜しいですが、以上を持ちましてセッション3、『ソーシャルアクションとしての文化実践』を終了いたします。

※1 マレーシアにおけるDV被害者のための金融リテラシーに関するエンパワーメントプログラム。
※2 背景に関係なく誰でも芸術家としてのキャリアを目指したい人をサポートするための新たな取り組み。