登壇者
スエブソン・サンワチラピバン[タイ](バンコク芸術文化センター(BACC)展示部門責任者)
ドロレス・チャン[フィリピン](センター・フォー・ポシビリティーズ・ファウンデーション創設者兼事務局長)
アウン・ミン[ミャンマー](アートセラピスト・映画監督)


モデレーター:

今回のセッションのテーマは、『コミュニティの中にあるアート』です。それぞれの活動におけるコミュニティとは何を、またどのような人々を指しているでしょうか。コミュニティにおいてアートはどのような意味があるか、どう作用しているか教えてください。

スエブソン・サンワチラピバン(以下 スエブソン):

2008年当初、私たちが考えていたコミュニティとは、街の現代アート・コミュニティでした。それから数年が経ち、私たちはバンコク内外の人々から多くのフィードバックをもらいました。

その後、私たちは、単にメインストリームの展覧会に焦点を当てるのではなく、より多くの人々と協力した包括的なアプローチで芸術と文化の定義を再構築しました。

質問に直接お答えすると、この時代のコミュニティとは、私たちの活動や創造することから学びたいと思うすべての人たちのことです。また、誰でも私たちの建物や施設を使って、自分の考えや声を世間に伝えることができます。

ドロレス・チャン(以下 ドロレス):

私が言っているコミュニティは2種類あります。1つは、障害のある人をメンバーに持つ親や家族です。もう1つは、社会そのものです。家族に障害のあるメンバーはいないかもしれないけれども、出会ったことはある人たちです。

最初のタイプでは、家族が自分の個人的な資源やサポートを利用して家族のニーズを補うための取り組みを促し、作り出します。私たちの政府は、残念ながら特別支援教育をあまり重要視していません。

もう1つのタイプでは、貧富の差が非常に大きい。国民の半数近くが最低限の生活、もしくは貧困状態に近い生活を送っていることを考えると、特別支援は優先順位が低く、人気のある慈善事業ではありません。

アウン・ミン(以下 アウン):

私が接するコミュニティ、人々というのは、私のクリニックにやってきた非常に重い精神障害のある患者さんになります。次に、その患者さんの家族です。その家族は毎日笑顔で楽しい思いをしている家族ではありません。大変な思い、辛い思いをしている家族です。そしてその次の3番目のコミュニティは、私たちの患者さんが作った作品の展覧会を見にきた観客になります。このように私が接してきたコミュニティというのは、少しずつ世界が広がってきています。

展覧会についてですが、作品制作は精神障害のある人々にとっては自分の思いを発揮する場です。ただその展覧会を見にきた人々にとっては、そこでの作品は現代美術です。これはすべての人がアーティストであるということをミャンマーでも示すための活動です。

モデレーター:

それぞれの現場でコミュニティというのは、様々なものを意味していると実感しました。

ドロレスさんに質問です。フィリピンでは、障害のある人の多くは地域でどのような暮らしをしているのでしょうか。また、アート活動など個々の可能性を発揮できる機会を作っていくために、今何に力を注いでいますか。

ドロレス:

最初の質問への回答は、コミュニティについての説明と関連しています。私は、家族の中に障害のあるメンバーがいるコミュニティについてお話ししました。障害のあるメンバーがいるコミュニティには、2つのタイプがあります。1つは、生まれてから10歳、11歳くらいまでの子どもたちです。もう1つは、年齢が13歳以上の人たちです。彼、彼女らはもう大人です。原則として、若いメンバーがいるコミュニティは、高齢のメンバーの家族よりも支援の選択肢が多い。また、より裕福な人たちだけが、必要な支援を受けることができます。それ以外の人たちは、ほとんど何もできないのです。障害者支援の優先度は、人気のある有名人やタレントによって支持されたときに話題になりますが、それはほんの少しの間だけです。

2つ目の質問に答えると、センター・フォー・ポシビリティーズのような組織があり、努力を続けているため、状況はそれほど悪くないと思います。例えば、私たちは毎年、障害のある子どもや大人の、作品やパフォーマンスを紹介する展示コンサートを開催しています。また、特に企業に対しては、対面式とハイブリッド式のセミナーやシンポジウムを開催し、公的・私的なあらゆる場面で、障害のあるパートナーや家族を持つ人をより良く支援する方法を教えています。また、センター・フォー・ポシビリティーズは、障害のある様々な人を主人公にした映画や資料を作り続けています。これは、視聴覚メディアが、幅広い人々にアプローチする最良の方法だと考えているからです。そして最後に、商品開発を行い、メンバーのアーティストたちが、より多くの人々に親しまれるような、様々なグッズに使用できるアートワークを制作するよう支援しています。

モデレーター:

若い子どもであったり、裕福であったりすると支援が受けやすい。逆に言えば障害のある家族が成人していたり、貧しかったりするとほとんど支援を受けられない。そういった状況の中で、センター・フォー・ポシビリティーズのポジティブな取り組みについてご報告いただけたことを嬉しく思います。

次にスエブソンさんにお聞きします。文化施設は手に届きにくいと思われる現状があると思いますが、BACCでは障害のある人など、市民と様々な形でコラボレーションを実現されています。いろんな人がより良く参加できるために気をつけていることを教えてください。

スエブソン:

私たちはホームレスから大富豪のアートコレクターまで、障害者だけでなく、社会のあらゆるグループの人たちと協力しています。

質問にお答えするために、2つのアイデアをお伝えします。1つ目は、ハイブリッド・アプローチです。重要なのは、ハイブリッドとは、受動的であり能動的であることです。外から面白い提案があるのを待つ。そして、自分たちの展覧会を作る。オーディエンスから注目を集めることです。オーディエンスと言っても、一般的な観客だけでなく、誰でもいいのです。毎年、展覧会や情報発信の考え方を改善し、今の時代に合うようにアップデートしていく必要があります。

2つ目は、ネットワークの構築と、彼、彼女らの人生の一部になることです。BACCが彼、彼女らの成長や発達の一部、または友人のような存在になることで、観客はもっと自由に参加できるようになるはずです。

モデレーター:

BACCの活動には誰でも参加できること。また、市民と友人になることや、BACCがその方々の人生の一部になるというようなアイデアが魅力的だと感じました。

最後にアウンさんに質問です。2015年からザ・ルームの活動をされていますが、精神障害のある方の経験として、『ノートラウマ、ノーアート』ということは当初から言えたのではないかと想像します。今回の展覧会においては、現在の社会情勢の中で付けられたテーマだと思いますが、このテーマが持つ意味についてどのようにお考えでしょうか?

アウン:

ザ・ルームという活動を始めた当時の精神障害のある方というのは、双極性障害や自律神経失調症といったような様々な病気の診断を受けている方々でしたが、その病気の診断の上に様々な精神的なトラウマも抱えている人たちでした。

現在の社会情勢をもとに『ノートラウマ、ノーアート』というテーマを付けたことはその通りです。現在のミャンマーにおける状況で、私のところに来ている精神障害のある人々に安心できる場所を提供する必要があります。なので、展覧会を開いた時に、タイトルは「安全なルーム」と名付けました。確かに展示のテーマは『ノートラウマ、ノーアート』でしたが、その展覧会に来た観客の人々と接する中でわかったのは、精神的な障害を抱えた方のみを対象としているわけではないということです。私たちの国ミャンマーは長い間精神的なトラウマを抱えてきた国でもあるので、ミャンマーにおける人たちの活動自体が『ノートラウマ、ノーアート』だと主張したいわけです。

最後に強調したいことは、私の活動には2つの側面があるということです。1つは精神的な障害を抱えた方に対してカウンセリングを行う、アートセラピーを実施するという側面ですが、もう1つはその活動をコミュニティに知ってもらうという側面です。

モデレーター:

精神障害のある方のアートセラピーから始まり、現状の中、ミャンマーのすべての人において『ノートラウマ、ノーアート』と言えるという言葉がとても印象的でした。

皆様、刺激的なディスカッションをありがとうございます。

大変名残惜しいですが、以上を持ちましてセッション2、『コミュニティの中にあるアート』を終了いたします。