[国際フォーラム] アジアにおける障害のある人の文化芸術のいま
【パネルトーク】 Session 1 デジタルカルチャーと文化芸術
登壇者
ソニー・オン[カンボジア](エピックアーツ・カンボジア代表)
スジュッド・ダルタント[インドネシア](インドネシア国立美術館キュレーター、インドネシア国立ジョグジャカルタ芸術大学講師)
山田創[日本](滋賀県立美術館 学芸員)
モデレーター:
今回のセッションのテーマは、『デジタルカルチャーと文化芸術』です。新型コロナウイルスの流行によってデジタル文化は加速的に日常に浸透していきました。デジタル文化は物理的な制約を乗り越えたり、活動するためのコストを低くしたり、偏見が生じにくい出会い方を生み出すことができたりと、様々な特徴があります。皆さんの活動で、あるいは障害者の文化芸術というものにおいてデジタル文化がどのように作用しており、現在どのような変化を生み出しているのかお聞きしたいと思います。
ソニー・オン(以下 ソニー):
エピックアーツでは、新型コロナウイルス以前は、障害のあるアーティストを中心とした公演を国内外で行っていました。しかし、新型コロナウイルスがカンボジアを襲ったとき、デジタル技術にまだ対応していなかったため、かなり長い間活動を中断せざるを得ませんでしたし、予算が限られていたため、障害のあるパフォーマーを手放さざるを得ませんでした。
しかし、私たちは再び生きるために学び直しました。特に、聴覚障害や身体障害などを持つパフォーマーと、デジタルライフやテクノロジーとの関わり方について、多くのことを学ばなければなりませんでした。私たちは、彼、彼女らにテクノロジーの使い方をたくさん教えました。
エピックアーツが活動を継続するためには、ビデオの制作方法を学ぶ必要がありましたし、オンラインでトークショーを行うことも必要でした。パフォーマンスビデオを制作したり、オンライン番組を作ったりしています。最近では、ラジオをやったり、ソーシャルメディア上でトークショーを制作したりしました。これは私たちにとって大きな変化でした。最初はとても難しかったのですが、今ではオフラインとオンラインの両方のコンテンツを制作することが、私たちの仕事の一部になっています。
スジュッド・ダルタント(以下 スジュッド):
今、インドネシア国立美術館で、私が手がけた展覧会が開催されているのですが、その展覧会には障害のあるアーティストも参加しています。デジタル上での展示方法をブロックチェーン技術(※1)で精緻化し、作品の画像をブロックチェーン技術のプラットフォーム上に置くことに注力しています。
プラットフォームの名前は「artopologi.com」です。作品の画像を、プラットフォームを通じて配信することで、多くの人に見てもらうことが可能になります。インドネシアにおける、体験とデジタル技術をつなげた1つの方法です。
また、2022年に開催された「ARTJOG」(※2)では、ナワ・トゥンガルとドゥイ・プトロ(※3)のコラボレーション「ドゥイ・トゥンガル」の作品にメディアテクノロジーを導入した大きな展覧会でした。
さらに、ソニーさんと同じように、障害者の方々とオンラインで集まれるように、アート作品に関するビデオ会議も行っています。
山田創(以下 山田):
私がこの質問に対して今思いつくのは、大きくは2つのことです。1つ目として考えられるのは、障壁やバリアの除去につながっているということだと思います。パンデミックによって多くの美術館などで、オンラインで展覧会を見るような取り組みが多く行われました。それはその文化施設としては苦しい時期ではあったと思うのですが、その一方で、美術館と美術作品と人の距離を縮めるという効果も出たのではないかと思います。具体的に距離が近づいたと思う2つの要素を挙げたいと思います。1つは、例えば身体を動かして外出することが困難な障害のある方、もう1つは経済的な困難を抱える方です。そういったハードルを乗り越える要素になり得るという可能性は開けてきたのではないかと思っていて、この点は今後の展開に期待し得る部分だと思っています。ただし、「じゃあ重い障害がある人は、家でパソコンを開いてその作品を見れば解決だね」と、議論をストップさせることも違うと思います。デジタルテクノロジーを活用しつつ、それに頼るだけではなくて知恵を働かせて、いろんな人が美術に参加しやすい状況を作っていくことが望ましいと思います。
2つ目のことについて言います。それはデジタル的な空間、つまりパソコン上やインターネット上ならではの文化が作られていくということです。私たちは、そういうデジタルならではの文化の芽吹きみたいなものをこれまでいくつも見てきていると思います。現代美術の世界においても、メディアアートはもう珍しい表現手段ではありませんし、大衆文化という点においても、ちょっと古いですが、例えば日本では初音ミクみたいな仮想空間上の歌姫のような存在もポピュラーになったという側面もあったと思います。さらに本日話題に上がった、スジュッドさんのお話の中にもあったような技術も登場し、バーチャル空間上の表現、デジタル由来の表現というのは更に増えていくのではないかと思います。
「障害」という言葉に紐付けて話したいと思いますが、今回私の発表の中では、自閉症者の中にはそういうバーチャルな空間を生きやすい人たちもいることを明らかにしました。実際に私も自閉症の方の創作に立ち会うこともあるんですけど、例えば絵のテーマに、マインクラフトというバーチャル空間で自由に遊べるゲームを選ぶ人も結構多い印象を持っています。マインクラフトを使ってではなくてマインクラフトをテーマに描いている人たちがいる。そういうデジタルならではの想像力というか、ちょっと矛盾した言い方ですが、デジタルの空間ならではの土着性みたいなものが今後炙り出てくることを期待していきたいなと思います。
モデレーター:
では再び山田さんに質問します。今お話にあったように、上土橋さんの表現は、デジタルを使っていることがメディアの1つであることを越えているように思います。山田さんはなぜ、上土橋さんの表現に強い関心を持たれるのでしょうか。
山田:
1番初めになぜ興味を持ったかという最大の要因は、それがかっこよかったからです。彼は私が見たことのないカルチャーを作っていました。彼は対人的なコミュニケーションを取るのは得意ではないと思われます。私と彼との間でコミュニケーション、言葉を交わすことはできませんでした。しかし、作品を見ていただいたらおわかりになったと思うんですが、彼の世界の中には独特のインテリジェンスがあります。このインテリジェンスは一般的なものじゃないかもしれません。つまり私が本を読んで身につけるようなインテリジェンスとは違うものかもしれません。私のプレゼンテーションにも名前を出した池上英子先生という研究者の言葉を借りると、非定型インテリジェンス。そういったものと呼びたくなります。そういう、今まで見たことなかったようなインテリジェンスがそこにあることに強く惹かれたというのが上土橋さんの作品に強い関心を持っている所以たるところです。
モデレーター:
非定型インテリジェンスという言葉に、デジタルの土着性、デジタルだからこそという部分がすごくわかりやすい形で現れていると思いました。
では次にソニーさんにお聞きしたいと思います。プレゼンテーションの中で、エピックアーツにおけるデジタル化とテクノロジーの活用について、実演とビデオが両方あることがとても良いというようなお話がありました。デジタルだけ、アナログだけではなくて両方あることが良いというのはどのような理由からでしょうか。
ソニー:
私たちの活動にとって、その両方があることはとても重要なことです。新型コロナウイルスの影響が出始めたとき、そしてパンデミック後も、私たちの活動に様々なツールを与えてくれたからです。物理的な場所で啓発することもできますが、デジタルやオンラインでもできるのです。
また、スタッフの人材育成や、テクノロジーやデジタルワークについてより深く学ぶことにも役立っています。特に、耳が聞こえない、話せない、手話を使うなど、障害のあるアーティストやスタッフにとって、オンラインの様々なプラットフォームでより多くのオーディエンスにリーチできることは、本当に大きな意味があります。新型コロナウイルス以前のエピックアーツの活動は、より物理的でしたが、パンデミック後は、オンラインで異なるオーディエンスにアプローチする方法を学びました。このように、オフラインとオンラインの両方を通して異なるオーディエンスにリーチできることは大きなメリットです。オンライン・プラットフォームは、私たちに様々なオーディエンスを与えてくれますし、障害に関する意識を高めるためのより広いネットワークも提供してくれます。
そしてそれは、アドボカシー(※4)を行う上でとても良いことだと思います。私たちはこれからも、障害のあるアーティストのデジタル作品やテクノロジーについてのインクルージョンを提唱していきます。
もしこの素晴らしいテクノロジーがなかったら、私たちはお互いに出会うことができず、他の実践者の皆さんがどのようなことをしているのかを知ることはできなかったでしょう。このフォーラムはその良い例です。
モデレーター:
コロナで活動がピンチになったところを、テクノロジーでよりチャンスを広げられたことはとても素晴らしく、勇気づけられます。まさに今のフォーラムも、ソニーさんがおっしゃるように、テクノロジーがあるからこそ集まって話すことができるのだと改めて実感しました。
では最後にスジュッドさんに質問をしたいと思います。山田さんの発表にあった上土橋さんのように自らデジタル作品を作り、発信する障害のある人もいます。例えば上土橋さんを例に取った場合、ブロックチェーンなどの新技術はどのように役立てることができるでしょうか。また今後、そのような新技術を活用した構想などはありますでしょうか。
スジュッド:
ブロックチェーン技術には、非常に良い未来が待っていると思います。まず、社会参加についてです。ご存知のように、少なくとも私の国では、障害者の社会参加に問題を抱えています。また、ロイヤリティ(※5)との関係もあるので、作品の権利に関することでもあります。ブロックチェーン技術を使えば、社会参加へのサポートにも役立ち、マーケットプレイスで作品を売ることができるので、障害者とその家族は、無期限でロイヤリティを受け取ることができます。家族への遺産としてロイヤリティを手にすることができるのです。これは、障害のあるアーティストの持続可能性にとって良いことだと思います。私たちは、障害者がブロックチェーン技術による機会を利用して、作品やその権利、ロイヤリティを守ることができるようサポートするために、この技術に携わってもらうよう心がけています。
モデレーター:
この新しい技術が障害者の芸術のサポートにつながることがとても興味深く、今後に期待ができると思いました。
皆様、刺激的なお話をありがとうございました。まさにデジタルが日常に浸透していく新しい時代において、上土橋さんのような個人の表現であったり、新技術の導入であったり、デジタルとアナログを融合していく取り組みであったり、これからも新たな活動が生まれていくことと思います。
大変名残惜しいですが、以上を持ちましてセッション1、『デジタルカルチャーと文化芸術』を終了いたします。
※1 暗号技術によって正確な取引履歴を維持しようとする技術。
※2 毎年、インドネシアのジョグジャカルタで開催される現代アートフェア。
※3 兄ドゥイ・プトロは絵を描く。弟ナワ・トゥンガルは、精神障害があるドゥイ・プトロの絵画制作に付き添っている。2020年に2人による初の共同制作を実施。
※4 福祉の分野では、自分の意思をうまく伝えることのできない患者や高齢者、障害者に代わって、代理人や支援者が意思や権利を代弁するという意味で使われる。
※5 特許権や著作権などの権利使用料。